横断歩道に立っている人のために止まれるか
割り込みたいクルマのために止まれるか
毎日毎日の課題である。
・横断歩道優先 渡りたい人がいたら止まりたい
ところが、見逃してしまうことも多くて。あ、ごめん!となる。
前の車がいて見えなかったり、死角に入ってしまい、気がつくのが遅れる。
いや、判断能力の低下か?
・割り込みたい車のために止まれるか
私は出勤のとき、信号機のない場所で右折。帰りは同じ場所で左折する。何ヵ所かある。
朝、皆さん職場等へ急いでいる中でも私の右折のためにクルマを止め「どうぞ。」と合図してくださる。
何て親切なんだろう。と朝から感謝の気持ちで嬉しくなる。同じことをしたいといつも思っている。
私の進む県道は毎朝少々渋滞気味。脇から合流したい車が時々現れる。
左側からの合流は比較的譲りやすい。課題は右の脇道から私の車線への合流。「あ、私の車線に入りたいみたい。入れてあげたい。そのためには対抗車線の車がまず止まってあげなくてはいけない。対向車の見知らぬ人と、気持ちを合わせられるか。
数秒間に実に色んなこと考えるよ。そして判断には瞬発力が必要。あわあわしていると、結局止まるタイミングを外して通りすぎてしまう。優柔不断なんだよなあ。半分位はやろうと思ってできない。心のなかでごめんなさい、と謝っているが、聞こえないよねぇ。
・なぜ毎日の課題にしているのか
もちろん道徳的に、ということでもある。でもそれじゃ、私イイ人みたい。いや、そういう立派な人にはなりたいけれど。
それよりも、
少なくとも私が譲ってもらった回数は他の車や人のために道を譲りたい。情は人のためならず。とも思っている。
譲れるってことは、きちんと周囲を見て運転できているということ。加齢による判断能力低下を確認できる。
・免許返納のタイミング
心配性だし、怖がりだから、いつもいつも「事故を起こしたらどうしよう」と恐々車を運転している。60歳で返納してもよい位の気持ち。今は通勤で乗っているけれど、仕事を引退したらもう乗りたくないなあ。不便でも事故を起こす怖さから解放されたい、と思っている。
・怖いのは、
左側から追い抜こうとするバイク。車の左側の死角に入っていて、急に出てくるように感じる。巻き込み事故を起こしたらどうしよう。道路交通法的には?
若者の自転車も怖い。猛烈なスピードで下り坂を下って来る自転車が、私が右折または左折するタイミングと一緒になる時は、ひええ。となる。あと、後ろを見ずに私の車の前で道路を横断する。すごい。後ろに目があるのか。若いっていいな。
学校に間に合わないといけないもんね。でも、おばさんは怖いよ。
2022年7月15日 金曜日 -12-
おかゆさん✨
面白かったです。
全て、あるあるですね!
ありがとうこざいます😊
これからも
安全運転を、こころがけます。
インテリア吉野さん
コメントありがとうございます。
「安全運転を、こころがけます。」私もです。
事故を起こさず無事に家に帰ってこれることを目標にして
「安全運転」と唱えてエンジンをかけようと思います。