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・断捨離は順調に進行中。さて、自分自身はどう片付けようか。
55歳の私は、自分が死んだ後残った人、つまり子供達が片付けに時間をとられないようにと、
ここ何年かで身辺整理をしてきている。
銀行口座も1つにしちゃったし、ほとんどの個人的な持ち物は『押し入れ半間』分に収まる量にまできているので、
実際に人生が終わることがわかる、または近づいてきたらそれだけさらに減らしていけばいい。
まあそんな間もなく逝ってしまったら、丸ごと処分をお願いするしかないのだが、
『押し入れ半間分』ならなんとか処分してもらえるだろう。
では自分自身はどう片付けようか、とかれこれ10年近く考えていたが、この度ようやく最終の地を見つけることができた。
・死んだ後の行先は好きに決めたい。物理的な埋葬場所はいらないと思っている。
元々葬儀も不要と言ってきたので、葬儀なしの直葬と決めている。
そして、夫の家の墓に入る気持ちは全くない。
夫の両親と夫と私でひとつのお墓の中なんて、結局生きてる時とおんなじやん。死んだ時位自由になりたい。
当初夫に「お墓には入りませんのでよろしく」と話をしたら非常に気分を害していた。まあそれもわかる。
でも最近はあきらめたらしく、希望の埋葬方法や手続きをきちんと残すようにと言われるようになった。
勝利。
実家のお墓は断られちゃった(笑)
それでも最初は「やっぱり死んだら地元がいいなあ、実家に帰ろう」と思い、
『実家のお墓に入れてよ』と母と弟に頼んだら、
なに言ってるの、結婚して家を出たのに。
嫁に行ったら嫁ぎ先のお墓に入るのが当たり前。
という感じでけんもほろろなんだよね。やっぱり。彼らもまだまだ古いわね。
まあいいでしょ。考え方は人それぞれですしね。ということで実家の墓はあきらめた。
ならば山に散骨か海に散骨か
次に、山に散骨してその上に樹木を植える形の埋葬を考えたんだよね。物理的に土に帰りたかった。
しかし色々と調べると、一般的に「樹木葬」と言われるのは、墓標となる例えば桜のような『樹木』を1本植えて、その周囲に遺骨を骨壺に入れて埋葬するスタイルという形が多いみたい。
骨壺なのかぁ・・・これでは土に帰れない。
山に散骨できる霊園もいくつか見つけたが、近隣になく、そこにこだわりすぎて縁もゆかりもない遠い土地に私の遺骨を持って行ってもらうのも家族が大変である。
それになんとか見つけて資料請求しても、なぜか返事がなかったりパンフレットが届かないこともあった。
あまり一般的でないのは家族も大変だと思って、それならより一般的になってきている海に散骨しようと気持ちを切り替えて、そっちの方をボチボチ探していたのだが、
・知っていたのに浮かばなかった。私の地元、善光寺雲上殿は納骨を受け付けてくれるのだった。
お母さん、善光寺で納骨してくれるよ。
今年、地元長野県の善光寺に初詣に行った時、娘が看板を見つけたのだ。
そーだ、そういえばそうだった。昔から知ってたのに、考えたことなかったわ。なんてこと。
元々善光寺さんは宗派を問わず、どんな人でも受け入れてくださるお寺。私も子供の頃から馴染みがあるし、ご本堂の前を毎日通っていた時期もある。なにかあれば善光寺さんに行き、娘の七五三も善光寺に参拝した。
そして国宝。
善光寺雲上殿は善光寺平(長野市)が見渡せる緑に溢れ、景色のよい所。
善光寺本堂から約1キロ程山に上がった所に「善光寺雲上殿納骨堂」がある。
実は私にとっては「納骨堂」というよりも、春は桜が満開になり、善光寺平が見渡せる広々とした景色の良い場所としての存在だ。
子供の頃からお花見に行ったり、緑がきれいなのでのんびりするために友人達と行くこともあった。外国から来た友人達を案内したこともある。
納骨は、個別に区画を購入すると納骨料の他に管理奉納料を毎年納めるのだが、
合葬納骨であれば納骨料は10万円位で、管理奉納料なし。
これなら子供達に負担もかからない。
今度帰省したら見学に行こう。生前予約できるのかしら。
場所もそこから見える景色も知ってる。地元を見渡せる所で眠る。
なぜ今まで思いつかなかったのだろう。
やっと帰れる。